目次
詳細
創建 | 1042年(長久三年) |
開山 | 源真上人 |
開基 | 不詳 |
本尊 | 如法佛眼曼荼羅 |
縁起
西山宗の総本山であり、四宗(天台、真言、律、浄土)兼学である。平安中期の長久三年(1042)叡山の源真上人が草庵をたて、往生院と号したのが、当寺の起こりである。二祖観性法橋を経て、三祖慈鎮(慈円)から西山上人証空(善慧房)に譲られた。証空は念仏の道場として発展させ、浄土宗西山派をこの山に創始、背後の山の頂上髢嶽の三峰が仏具の三鈷に似ていることから寺名を三鈷寺と改め、勅願所に列せられた。証空は宝治元年(1247)入滅、華台廟はその墓所で、証空に深く帰依した蓮生(宇都宮頼綱)が多宝塔を建てた。蓮生には「抱止阿弥陀如来」の縁起も伝えられている、中世を通じて念仏の道場として証空の法流を伝え、多くの寺領荘園をもち寺運は栄えたが、応仁の乱の兵火により多宝塔以下山内は荒廃し、江戸時代に復興の努力はなされたが旧観には復さなかった。
五十二代台龍上人が現在の寺観を整備し、昭和二十六年(1951)西山宗として独立した。建物としては華台廟、本堂等を残すのみであるが、古い由緒を物語る寺宝は多い。また、客殿からの長めはすこぶるよく、京都市街地まで見渡され、中でも東山にのぼる名月の長めは関西随一とされる。
境内掲示より
写真
アクセス
住所
〒610-1134
京都府京都市西京区大原野石作町1323