目次
詳細
創建 | |
開山 | |
開基 | |
本尊 |
縁起
長福寺の二代目住職であった北堂和尚は、初代天瑞和尚が示寂した享保11年(1726)直後より寛延2年に亡くなるまでの間、綿の栽培を普及した。江戸時代禅僧が百姓仕事をすることはかたく戒められていたようだが、それにもかかわらず北堂和尚は自ら土にまみれ、綿作りに精進し、小池村だけでなく近隣の他村にまで綿の栽培に尽力した。このような行動は一層農民に強い感銘を与えたのみならず、これが西遠地方への織物産業発展へのきっかけになったのであると、・・・。
北堂和尚が綿の栽培にあたった畑の場所は寺より東北200km通称水道みちと呼ばれている道沿いであったという伝え話によれば、この畑を北堂畑と呼んでいたそうです。
また和尚のことを村人たちは北堂様とよび尊敬した。その当時の農民の敬愛による浄財の寄附によるのではないかとおもわれる北堂和尚の立派な墓碑がある。
寺院録
歴代
1代 | 天瑞道恩 |
2代 | 北堂元辰 |
3代 | 梅圓浄香 |
4代 | ー |
5代 | ー |
6代 | 碧潭眞月 |
7代 | 文峰通秀 |
8代 | 端堂眞如 |
9代 | 簡堂通契 |
10代 | 恒由弘弘 |
11代 | 直孝弘開 |
アクセス
住所
〒435-0056
静岡県浜松市東区小池町2356